「FREE」のモデルで「無料」なのはコストではなく、受益者の支払いよね。その辺りを混同すると幾らでも好きに言えちゃうよね #free
「週 刊ダイヤモンド」3月13日号は、ベストセラー『FREE』を特集していました。しかし、私の著書『ネット帝国主義と日本の敗北』をお読みくださった方なら容易に推察できるように、私は『FREE』で述べられ ている考えが大嫌いです。そこで今週は、『FREE』の何が問題かを説明したいと思います。日本のためにならない「FREE」礼賛論を疑 え! - 岸博幸のクリエイティブ国富論
引用元の記事の主張は:
- 経済学的に「フリーランチはない」のアタリマエ ("無料"なんて成立しえない)
- ビジネスモデルとして「広告モデル」なんて現実には成立しない
- デジタルがコンテンツを無料にするなんて、都合のいい嘘だ
こんなところかな。
まずFREEで は「フリーランチ」に関して言及してないよね。単に「受益者自身以外に支払いをさせる」というモデルを基点に据えているだけで。 4140814047
第二に、ビジネスモデルとしての「広告モデル」は、まだこれから試行錯誤が続いていくよね。そりゃGoogleなどの広告プロバイダやアフィリエイ トで稼ぐモデルはとっくに頭打ちになっていて儲かっているのは広告プロバイダとマンモス級のページビューをたたき出しているサイト/サービスだけって印象 になっているのは否めないけれど。例えばFoursquareなどの位置情報サービスでは、位置情報と直接に連動する, あるいは現実の店舗と連動するなどの形で、これまでとは少し違った「広告」ビジネスを展開する可能性を見せている。
だいたい「広告」でビジネスが成り立たないという命題が真であるならば、ほとんどのマスメディアのビジネスモデルは成り立たないじゃない。そして、 既存のマスメディアとネット企業とで比較したとき、限界費用の圧倒的に安いネット企業の有利は必然だよね。
それから最後の「デジタルがコンテンツを無料にする」に関しても、これはやっぱり中長期的には限りなく真に近づくのは間違いない。なぜなら:
- ネットの出現により「コンテンツ」の制作/供給はプロの特権ではなくなった
- デジタル化された「コンテンツ」は限界費用が限りなく0に近づく
からだ。
プロフェッショナルはこれから、圧倒的多数の「アマチュアたち」との戦いを強いられる。彼らは楽しみのために「コンテンツ」を作り、供給するがゆえ に、そのコストが受益者に振り向けられることはない(=フリー)である。しかも、圧倒的多数であるがために、例え99.99%がゴミのようなものであって も残り0.01%の優れたコンテンツがプロフェッショナルへの脅威となる。
またプロフェッショナルたちに限ってみても、すでに「コンテンツ」の過剰供給は明らかであり、コスト削減は必ず遠からず命題になる。そのとき彼らは きっと「デジタル化」に手をだす。なぜならコスト面での効果があまりに大きいから。
そのとき、プロフェッショナルの高コストな(でもアマチュアのコンテンツと条件を近しくすれば必ず需要はある)「コンテンツ」の制作コストはどこか ら調達するのだろうか? 受益者? おそらく、そうではないだろう……ってのはFREEを少し読んだだけでも想像がつくところだと思うんだよね。
以上。