#evernote は「情報の奔流」を受け止めて、貯めておくダムみたいな使い方もできるんじゃないかな。フィルタリングの問題は依然として残るケド。
情報に押し流されないための基本的なテクニック - シゴタノ!「えり分け」とは?
「えり分け」とは入ってくる情報を選別することです。深く考えたり、実際に処理に入る前に、その重要度や文脈にに応じて情報を分別していく作業 を行います。
郵便受けを想像してみて下さい。そこにはいろいろな「手紙」が入っています。
友人からの手紙、銀行からの通知、まったく興味がないダイレクトメール、同窓会への参加のお誘い。
それら全てに一つ一つ目を通していくのではなく、必要のない物、返事を書く必要があるもの、保管しておく必要があるもの、といった具合に分けていく。これ が「えり分け」です。メリルの言葉を拝借すれば
「重要だと思う情報だけを残し、そのほかはいっさい無視する」
となります。
「繰り返し」とは?
「繰り返し」は同じ情報に繰り返し接することです。「選り分け」によって重要な情報が分けられているので、繰り返す作業そのものに大きな時間は かかりません。また、文脈がはっきりしているので「情報」の使い勝手や、作業の効率も上がっています。
本当に記憶・理解するためには何度も情報に触れる必要があります。それを行うのが「繰り返し」です。
この二つのステップを実行することによって、
- 全ての情報に均一に接することなく
- 重要な情報には十分時間をかけ
- 不要な情報には時間をかけない
という環境が実現できます。
確かにここで言われてる通り、入ってくる情報すべてに均等にコストを掛けていては非効率で、本当にコストを掛けるべきところに割り当てられなくなっ ちゃうんだよね。
本当は、そのあたりは情報に限らない本質的なフレームワークなんだけど。多分、現代では昔と違って「情報を取りに行く」必要や機会は減ってきてて、 初期セットアップと定期的なメンテをちゃんとやってれば「必要な情報の方からやってくる」ようになったから、あらためて「情報」にフォーカスして、フレー ムワークが適用されてるんだと思う。
ただ問題は、「えり分け」それ自体のコストが、ばかにならないってコト。少なくともボクはそう感じる。であればこそ「フィルタリング」という自動的 に情報を「えり分け」てくれる仕組みのニーズがあり、それが思うように動かない不満があるんだよね。
このあたりはボクも良いアイディアがあるわけじゃない。ただ最近、Evernoteというバカでかい外部脳をアテにして、手抜きをし始めた。基準は 次の二つ。
- 自分な情報か必要か?
- 今、処理すべき情報か?
- 後で、もう一度、見るかもしれない情報か?
1-1に当てはまるものは、その場で処理する。1-2に当てはまるものは、Evernoteに放り込んでおく。両方に当てはまるものは、処理してか らEvernoteに放り込む。必要な情報は無視。
ちょうどEvernoteを「情報の奔流」を受け止めて、貯めておくダムとして使うイメージね。
これだけ。欠点は:
- タイトルやヘッダ情報で判断できないものは、一度は摂取しなくちゃいけない
- 「繰り返し」の仕組みがない
このあたりかな。
一番目の情報は、相手のあるコトなのでなんとも、という感じ。本当はアテンションそれ自体が大きなコストなので、なんとかなれば大きな効果になると 思うんだけどさ。
二つのめの欠点は「繰り返し」の必要な情報は、どうせ繰り返し見るだろう, 必要なときに見返せばいいだろうくらいに割りきろうかと思ってたんだけど、あるテーマに対して深い理解をしたい場合には上手くいかないんだよな。必要な 「情報」は、角度と切り口を変えて繰り返しやってくるハズだ……まで、割り切れるようなら欠点じゃなくなるかも。