編集者つきのblogは「仕組み」的には書籍と同一。ボクはもっとWebらしい「仕組み」, 丘の向こうにあるものを見てみたいんだ。 #web #book #digital book

そして、書籍。私も大の本好きだからいえるがやはり「質」という点で本の存在は揺るぎないと思う。でも、それは二つの留保がつく。

一つ目は、本にだって相当酷いモノがある、ということ。誤字があるものもあれば、明らかに文章がおかしい本だって発売されている。現実的に それは揺るぎない事実。あくまで、「書籍」というのは質が高いものが「生まれる可能性が高い」というだけに過ぎない。編集があれば、即質が高い本ではな い、というのは引用先のブログでも指摘されていることだ。

もう一つは、ブログと書籍に明確な線引きができるのは「今のところ」でしかない。ということ。

ブログの質を高めるような仕掛けが生まれれば、書籍と並ぶような質を持ったものが生まれる可能性はいくらでもあると思う。

質→量→質 「「情報」 の流通って観点で見直すとWebは「量」を劇的に増やす仕掛け、書籍は「質」を劇的に高める仕掛け。 #web #book -posterous.桜井@郵便屋」を読んで - R-style 待合室

ボクは前の記事で「書籍」を仕組みとして, 「blog」を媒体として捉えていて、だから言いたいことが少し胡乱になっていた。

起こっている事象としては、指摘されている通りだと思う。

メディア系blog(TechCrunchとか)では、すでに そういう「機能」があって「質」を高めるための仕組みを動かしている。一方で、校正も構成もメチャクチャな「なんだよこれ、接待出版か?」みたいな本も世 には溢れていたりもする。

だから、送り出される情報の「質」に着眼して見ると「ブログと書籍」の間の線引きは、すでにゆらぎはじめていると言える。

でも「質」を高める「仕組み」に着眼して見ると編集者つきの「blog」は、本質的には書籍の仕組みを引き写しているだけ, 同一のものだとも言える。というか、ボクはそう思ったんだ。

もちろん、圧倒的な低コストで情報を送り出せる「媒体」(blog/電子書籍)と、圧倒的な高品質で情報を送り出せる「仕組み」(編集者)を組み合 わせて、真面目に運用すれば、そのシナジー効果は高い。だから、それはそれで大きな意味がある。だから、そこを否定するつもりは決してないし、むしろ期待 が大きい。

ただ「質」を高める「仕組み」に関しては、もっとblog的な、カジュアルで低コストなものがあったらいいな、と夢を見たりはする。

すでに、ひたすら「量」を送り出して「質」に転化させる、なんてモデルは提示されていて、実際に「質」の高いコンテンツを生み出したりもしている。 その裏では死屍累々、無数の「質」の低いコンテンツがあるとしても、それは意味がある。

でもボクは「丘の向こうにあるものを見てみたい」 と幽かな夢を見始めている。もっとWebらしい「仕組み」で「質」を高めることはできないかしら。……そんなコトを思い始めてるんだ。