多分、これからネットブックはクラウドとの「連携」が付加価値になってくんだろうね……そんなコトを東芝VaioのEvernote採用のニュースに思った。 #evernote #vaio

 ソニーが今春から世界で発売する新型の「バイオ」に順次、専用ソフトを組み込む。「バイオ」搭載のデ ジタルカメラで撮影した名刺などの情報を検索可能に する新機能も加える。エバーノートの専用ソフトがパソコンにあらかじめ内蔵されて提供されるのは今回が初めて。同ソフトはこれまで、ユーザーがネット経由 でパソコンなどに取り込む必要があった。
米 エバーノート、ソニー「バイオ」に専用ソフト クラウド使いやすく - IT-PLUS

面白いことになってきた。

先日もZumoDriveがHPの ネットブックのクラウドストレージとして採用されるなんてニュースがあったばかりで。

多分、これからネットブックはクラウドとの「連携」が付加価値になってくんだろうね。このマシンはEvernoteが最適化されてます、とかなんと か。

そして、それが段々とアタリマエになってきたとき。ごくごく普通の一般ユーザは、それと知らずにクラウドサービスを生活の一部として取り込むように なるんだろうな。「え、Evernoteってケータイからもデータ見れるの? マジで?」なんつって。

成田空港で篭城中の馮正虎さんってヒトは、明晰で冷静で、なのに挑発的な手強いネゴシエイターの資質を持ってると感心してしまった。 #china

まず、牧野先生の訪問に感謝します。そして中国官僚の違法行為のために日本に迷惑をかけていることについて、謝罪を表明します

私が中国に帰れず、日本で泊まり込んでいる事件は中日両国家にとっても関係のあることです。中国にとっては人権問題であり、日本にとっては主権の問題です。日本政府が中国人の人権問題に関心がないとし ても、自国の国家主権については関心をもつべきでしょう。

 

私は日本政府が中国公民の帰国権利を保護するとは期待していません。この種の期待と要求は法的根拠がありませんから、非現実 的です。中国公民の帰国権利の問題は中国政府にのみ責任があるものであり、中国人自身が解決すべき問題なのです。ただ外国政府や企業は中国官僚の違法行為に加担しなければよく、少なくとも中立を守ってくれればそれでいいのです。
成田空港でただいま籠城中:馮正虎 さんかくかたりき(5) - 北京東京趣聞博客(ぺきん・とうきょうこねたぶろぐ)

この前置きの部分だけで、このヒトは明晰で冷静で、なのに挑発的だな、と感心してしまった。

最初に自分の立ち位置を「中国公民の代表」として位置づけ、現状は日中両国にそれぞれにとって問題であると位置づけ、その一方で非は自分の側(と いっても中国政府なんだけど)にあるとして日本側を慰留しつつ、次の段から「日本」へ要望を、それが日本にとっても必要なんだとくり返し説きながら並べて いく。

こういうヒトがネゴシエイターとして出てきたら、よほど苦労するんだろうなぁ。

「知的生産能力」のレベルアップさせるツールとしてblogは強力なんだな。 #lifehack

  1. パフォーマンスを向上するように設計されている: たとえばただプログラミングができるようになるのではなく、最も洗練されたコードを書くことが目的に含まれるように、活動自体がより高いレベルを目指しま す
  2. 何度も繰り返されます: 一回できれば終わりではなく、何度も同じレベルに到達することを要求します。
  3. フィードバック: 周囲からパフォーマンスに対する評価や批判を常にインプットします。
  4. 精神的に大きなプレッシャーを課します: たんなる習熟のための練習ではなく、集中力を高めるためにプレッシャーを伴うようにします。たとえばテニスなら単なる壁打ちではなく、試合という形で本人 に心理的なプレッシャーに慣れさせる練習を徹底します。
  5. 難易度が高い: すでに知っていることを繰り返すのではなく、知らない領域を埋めるように難易度の高い学習を構築していきます。
  6. 道のり自体が報酬: ゴールに到達することが目的なのではなく、それを達成する過程自体をゴールにするような上手な目標設定をおこないます。たとえばコンクールで優勝すること を目的にするだけでなく、その優勝までのプロセス自体が「実地での練習」であり報酬であるという位置づけをおこないます
あなたを次のレベルに押し上 げる「集中的訓練」の方法 - Lifehacking.jp

「知的生産能力」を向上させるツールとしてblogが強力だってコトがよく分かる。

たとえば「学習の記録をblogに書き出す」ことを継続するだけでも2,3,4,6あたりは満たせるし、そうすれば1,5をどうするかだけを仕組み にすれば良いんだもんね。……まぁ、その「継続」するってのが一番難しいんだけど。

自分のblogを、一度、「学習」の基点として見なおそう。「インプットに備忘録つけておいとく」場としてはPosterousという良いツールを 得たコトだし。

@sapporokoya さんは仮想化技術をライフサイクルを狂わす「麻薬」と言った。でも、ホントはシステムのライフサイクルをあるべき姿に立ち戻らせる特効薬だと思うんだ。 #computing

ハイパーVなどの仮想化技術は麻薬みた いなもの、なのだそうだ。システム本来のライフサイクルを無視して、いつまでも古いシステムを延命できてしまうから。
@sapporokoya さんの2010.01.21 23:00頃のtweet

これは、問題定義が少し間違ってて。本当の問題は、アプリケーションシステムとプラットフォーム(OSやハードウェアなど)のライフサイクルは本質 的に別々であるのに、そうなっていない「歪み」なんだよね。

本来の前提は:

  • アプリケーションのライフサイクルは自社の「業務」に沿うべきものである (自社でコントロール可能, またそうあるべき)
  • プラットフォームのライフサイクルは他社のビジネスによって決まってしまうものである (自社でコントロールできない)

このようにあるべきであるのに、実際にはプラットフォームのライフサイクルに合わせて、アプリケーションのライフサイクルの見直しがされていたりす るわけ。

もっとストレートに言うと「OSもハードウェアも保守打ち切りになるし、どーせだからシステム刷新しますか」みたいなノリが普通に横行しているん だ。

これって外部の企業の「都合」に引き摺られる形で、自社の「業務」の見直しがされてて……自社の業務が自社のコントロール下にない、という歪んだ状態だよ ね。

仮想化技術の素晴らしさの一つは、この「アプリケーション」と「プラットフォーム」のライフサイクルを、スマートに、開発者に(ほとんど)意識させ ることなく切り分けてしまえるトコロにあるんだよね。

プラットフォームのライフサイクルに合わせて、プラットフォームは更新していけばいい。アプリケーションには一切手を加えず。逆に、アプリケーショ ン側は、プラットフォームのライフサイクルを意識せずに「業務」だけを見てライフサイクルを設計すればいい。仮想化技術を適用することによって、やっと正 常な「ライフサイクル」設計に立ち戻るコトができる。

これって、あんまり前面に押し出して言われるコトないけど、大事なコトだよ。

twitter公式のiPhone用ユーザインターフェイスが変わった! - 写真つき

ふとアクセスしたらガラッと変わっててたまげた。

retweet なんかもデキるのかな?
twitter公式のiPhone用ユー ザインターフェイスが変わった! - posterous.桜井@郵便屋

さっきのポストで写真をつけ損なったので、あらためて。

Photo

ちょっとお洒落な感じ。

タイムラインを追うには、ちょっと見通しが悪いかな。ちなみに試してみたら、ちゃんとRetweetもできた。

でも、自分のログインしてる自分自身のアカウントに「Follow」や「Block」が出るのは、いかにも珍妙だよね。一瞬、ユーザ名を間違ったの かと思ったんだぜ。

ボクは「明治時代」がスキなんではなく「司馬遼太郎の創作した明治時代の英雄たち」がスキなんだよな、というコトをあらためて思い直した。

幕末の物語や「坂の上 の雲」に描かれた司馬遼 太郎の願望のなかだけで造形された若い英雄たちはテレビの「ド キュメンタリー」や「歴史番組」を通じて、すっかり「現実の歴史人物」になってしまった。

司馬遼 太郎は、きっと天国で苦笑いしているでしょう。

ひょっとすると温厚な風貌に似ず、激怒しているかもしれません。

しかも、司馬遼 太郎が創作した人物を歴史的な事実であって、だから日本人は優秀なのさ、と話たがる日本人は、みな司馬遼 太郎が吐き気がするほど嫌いだ、と述べたまさにその傲慢な「ムラ社会人 間」たちそのものであるという皮肉な副産物まで生じた。

司馬遼 太郎がつくりあげた壮麗な「こうでありえたかもしれない日本」は、彼の小説家としてのすぐれた 才能ゆえにかえって現実の歴史に対する巨大な消しゴムと なって、実際の「明治時代」を痕跡ないまでに消してし まった感があります。

坂の上の雲_「明治 時代」は存在したか? - ガメ・オベールの日本語練習帳iii-大庭亀夫の生活と意見

確かにそうだよな。

ボクも、日本の歴史の中でいちばん惹かれるのは何時代かと言われれば「明治時代」を挙げるクチだけど。でも、ボクが知る「明治時代」の大半は、直接 /間接を引っくるめて司馬遼太郎の筆なり口なりで語られたものがベースになっている。だから、ボクが本当にスキなのは「明治時代」ではなくて司馬遼 太郎の願望のなかだけで造形された若い英雄たちなんだよな。

時々、それを忘れてしまいそうになるから。そういう意味で、自分の感覚を見直すよいキッカケになった。

しかし、こうして多くのヒトたちに、現実と創作の境を曖昧に酩酊させる司馬遼太郎というヒトは、やはり創作者として大きな力を持ってたんだよなぁ。

"新人にありがちな「何から質問すれば良いかわからない」時に、何を質問すればいいのか見えてくる方法 "は、問題解決の要諦なんだ。 #lifehack

そんなときに是非挑戦して欲しいのが
「すべきことに対して細かく質問する」という方法。

例えば、
「ホームページのデザインを修正して」
と指示を受けた。

それを細かく分ける。

「ホームページの」
「デザインを」
「修正して」

さらにそれに対して質問。

「ホームページの」←何の?
「デザインを」←どんなふうに?
「修正して」←どうやって?

この問に対して、自分がどこまで答えられるのか。
答えられない問は、自分では解決できないところだから何らかのアクションが必要になる。と。

新人にありがちな「何から質問すれば良いかわからない」時に、 何を質問すればいいのか見えてくる方法 - 想造メモ

「質問」というのは何がしかの「問題」(例えば指示内容に不明があるとか、要求事項が理解できなかっととか、それ以前の基礎知識が足りてないだと か)を解消するための「解決法」だよね。つまり、正しく「問題」を捉えることができてないのが「質問」ができないって状態。

そんな風に枠を広げてこの記事を読むと、適応範囲が広くなって「複数の問題と一気に解決できる」ようになってシア ワセ感が増すと思う。

困っ たら問題を小さく分けてみろ、と。つまり「問題 解決」とは「因数分解」と見つけたり、ってコト。

ある程度の経験を積むと、元記事で挙げられていた事例のように細かく「質問」する必要はなくなる。それは、経験やら知識やらが、扱える問題の大きさ を大きくしたからであるに過ぎないんだ。本質は、問題を扱い易い大きさに分解するコト。そこに尽きるよね。