ガジェット, ヒト, 事件, 舞台……様々なモノとの出会いがヒト/社会の振る舞いを変える。そこに物語を「描写」するカギがあるのかもしれないな。 #sunanare #story
ドラマ『素直になれな くて』がTwitterを描けていない理由 - じゃがめブログ例えば、携帯電話が 普及する前の時代を想像してみてください。その時代に携帯電話をド ラマの題材に選んだとしましょう。この場合、脚 本家の人は携帯電話のシステムに つ いて精 通している必要性は全くありません。ですが、携帯電話を 持ったことで「人間の生活がどう変わったか」につい ては知っている必要があるわけです。それまで待ち合わせの場所などきっちり決めていたのに、携帯電話を 持 つようになったことでアバウトな約束で良くなった、とか。お互いに携帯電話を 持ってるのに待ち合わせに手間取るシーンなんかが混ざっていたら違和感がありますよね。
Twitterの場合も 同じです。システムに ついて精 通している必要性は全くありません。ですので、北川さんがおっしゃってるのは一部あってる。でも大きく間違ってるとこがある。それは「Twitterの 出現によって人間の生活様式がどう変わったか」と いう視点が抜けている、ということです。
Sci-Fiだな、と思った。
「物語にガジェットを盛り込むときには「あ るあるネタ」をさりげなく仕込むのがコツってコトなんだね。これなら物語を破綻させず、流行りものも取り入れられる。 #sunanare」で引 用した話を、より論理的に言ったら、こういうコトなんだと思う。
んで、これってマーケティングの世界ではアタリマエに言われてる話でもあるよね。ボクは「ジャパネットたかたメソッド」って呼んでるんだけど、製品 のスペックや仕組みを訴えるのではなくて「その商品がある生活のビジョン」を売るってやり方。
物語の中で、スペックやアーキテクチャ, メカニズムを幾ら訴えてみても面白みなんかなくて。それによって、ヒト/社会がどう変わったかってトコロ に面白みや目新しさが生まれてくるんだよね。
ボクはこういう見方を、アシモフ先生の「我 はロボット」やら「ア シモフの科学エッセイシリーズ」から教わったように記憶している。それで「Sci-Fiだな」と第一印象で思ったわけなんだけど。
まぁ、よくよく考えてみれば、これってSci-Fiに限らない話なんだよね。
ガジェット, ヒト, 事件, 舞台……様々なモノとの出会いがヒト/社会の振る舞いを変える。そこに物語を「描写」するカギがあるのかもしれない な。

