人のやることですから、間違いもあるでしょう。 しかしネットで誰もが手軽にカンタンに情報を発信でき、e-Bookとして売ることすらも、やろうと思えばできるようになりつつある今、私は「信頼の置け るエディターシップ」こそが書籍の「付加価値」ではないかと考えています。レファレンスとして座右にある辞書や事典等までもが、編集・校閲を間引いて出版 されるような事態にはなって欲しくないとつ くづく思います。万が一にもそうなってしまったならば、それは即ち『知』の崩壊を意味するのかも知れません。
エ ディターシップという付加価値 - Find the meaning of life 著者(クリエイター)と二人三脚する編集者(エディター)。著者が作り出したモノを編集者が高めるという仕掛け。
それこそが「(いわゆる)blog」と「書籍(メディア問わず)」を分ける大きな壁であるハズなんだ。
Webの登場は「情報発信」と「情報収集」のコストを劇的に下げ、個人をエンパワーメントした。このblogのように不特定多数への情報発信を劇的 に行うことも、逆にその元になるinputを生活のスキマ時間や気晴らしに行うことも、ほとんどタダ(意識されないほどの低コスト)で日常生活の中で習慣 化してしまっている。
「情報」の流通って観点でWebの登場を見直すと、これって「量」(情報が作成される量, 供給される量, 受給される量)を劇的に増やす仕掛けだったんだ。
でも、そこに「質」を劇的に高めるような仕掛けは、ほとんどない。
でも「書籍」には、そのための仕掛けがあるんだよね。つまり「編集」という機能と「編集者」というヒトが。だから、この機能とヒトの存在が 「blog」と「書籍」を分けるんだ。
確かに編集者は黒子になりがちで、であればこそ、その役割の重さも曖昧になりがちだけど。ならば、いっそ著者名と編集者名を併記しちゃえばいいのか も。
少なくとも、これからの編集者には、それに相応するだけの仕事が要求される時代になるよ。