ところでニンジャなら教える側は「シショー」であるべきであり、教わる側は「デシ」でなければならないのじゃなかろーか? #ninja #australia

[シドニー 20日 ロイター] オーストラリアのシドニー近郊で、3人組の強盗に襲われた学生 (27)を「忍者」が救出した。現地紙シドニー・モーニング・ヘラルドが伝えた。
 それによると、ドイツからの交換留学でシドニーに滞在している医学生が夜間に裏通りで強盗に遭ったが、それを目撃していた現場近くの「忍者学校」の教師 が、生徒たちに被害者を助けるよう指示した。
シドニー の「忍者」、強盗に遭った医学生を助ける - Yahoo! ニュース

ニンジャのブランド力はすげーな。

ところでニンジャなら教える側は「シショー」であるべきであり、教わる側は「デシ」でなければならないのじゃなかろーか?

シンプルな方が古いモノをぶち壊して新しいコトをはじめるにはちょうどいい。LIKTENの小田君は、クソ生意気ささえ小気味が良いね。

──雑誌自体がつまらなくなったとは思わない?

小田 読んでますしね今でも。だから雑誌自体はこのままでもいいと思いますよ、内容が面白くないわ け じゃないから。ただ広告を入れなきゃいけないからこういうことをやってみたいな感じになって、それが雑誌全体のコンセプトを揺るがしちゃってるんですよ ね。電子化すれば全部解決ですよ。どうしていまだに「電子書籍どうする?」とか言ってるのか全然分かんないんです。ソッコーでやればいいじゃん! って 思ってて。今からやってももう遅いくらいですよ。もうすぐipadが出るんだから、今はもうリリースしてないと。

──出版社内では電子書籍部を作るだけでお金がかかっちゃって、それだけで大変だっていう状況らしいですよ。

小田 ほんとバカなんですよね。そういえばこの企画って幻冬舎のウェブマガジンでしたっけ?

お 前の目玉は節穴か 第1回 幻冬舎もツイッターもUSTもクソ! クソみたいな大人たちへの挑戦状!!〜 「LIKTEN」編集長・小田明志(18歳)インタビュー(前編) - Webマガジン幻冬舎

小気味の良いクソ生意気さ。実行力を伴っているだけに、ボクのオトナの部分には苛立たしく、コドモの部分はやんやと喝采を送っている。しがらみもな にもない、余計なコトなんか知らない/知ったこっちゃいない若者だから言えるコトだよな、なんて羨まくもある。

このくらいシンプルな方が、古いモノをぶち壊して新しいコトを始めるにはちょうどいいんだろうな。

twitter for iPhoneはtwitterアカウントを持ってなくてもtwitterを楽しめるんだって。 #twitter #iphone

何よりも特徴は、Twitterアカウントを持っていない人でもこのアプリケーションを楽しめるという ことです。ダウンロードすればすぐに、話題のトピッ クを確認したり、人気のツイートを読んだりできるほか、有名人の検索や自分の近くにいる人が公開しているツイートのチェックなどができるようになります。 興味のあることや関係のある情報を探して読めるようにすることに主眼を置いています。しかも、すばやく簡単な新規登録の機能をアプリケーション内に用意し ているので、われわれのWebサイトに来なくても新しくアカウントを作ることが可能です。英語と日本語のTwitter for iPhoneを既に公開しており、他言語版も随時増やしていく予定です。

「近く」(near by)のスクリーンショットプロフィールのスクリーンショット
Twitter for iPhone - Twitterブログ

内容は引用した箇所の通りなんだけど。

さて、アカウントを持ってない人が、twitterの話題のトピックや、人気だったり近くにいる人だったり有名人だったりのtweetをわざわざ探 して読むのかしら、という疑問はあるよな。

もちろんアカウントを持ってる人にとっては、充実した嬉しい機能ってコトになるんだろうけども。

でも、あえて「アカウントを持ってない人も!」と全面に押し出してアピールする狙いはどこにあるんだろう?

編集者つきのblogは「仕組み」的には書籍と同一。ボクはもっとWebらしい「仕組み」, 丘の向こうにあるものを見てみたいんだ。 #web #book #digital book

そして、書籍。私も大の本好きだからいえるがやはり「質」という点で本の存在は揺るぎないと思う。でも、それは二つの留保がつく。

一つ目は、本にだって相当酷いモノがある、ということ。誤字があるものもあれば、明らかに文章がおかしい本だって発売されている。現実的に それは揺るぎない事実。あくまで、「書籍」というのは質が高いものが「生まれる可能性が高い」というだけに過ぎない。編集があれば、即質が高い本ではな い、というのは引用先のブログでも指摘されていることだ。

もう一つは、ブログと書籍に明確な線引きができるのは「今のところ」でしかない。ということ。

ブログの質を高めるような仕掛けが生まれれば、書籍と並ぶような質を持ったものが生まれる可能性はいくらでもあると思う。

質→量→質 「「情報」 の流通って観点で見直すとWebは「量」を劇的に増やす仕掛け、書籍は「質」を劇的に高める仕掛け。 #web #book -posterous.桜井@郵便屋」を読んで - R-style 待合室

ボクは前の記事で「書籍」を仕組みとして, 「blog」を媒体として捉えていて、だから言いたいことが少し胡乱になっていた。

起こっている事象としては、指摘されている通りだと思う。

メディア系blog(TechCrunchとか)では、すでに そういう「機能」があって「質」を高めるための仕組みを動かしている。一方で、校正も構成もメチャクチャな「なんだよこれ、接待出版か?」みたいな本も世 には溢れていたりもする。

だから、送り出される情報の「質」に着眼して見ると「ブログと書籍」の間の線引きは、すでにゆらぎはじめていると言える。

でも「質」を高める「仕組み」に着眼して見ると編集者つきの「blog」は、本質的には書籍の仕組みを引き写しているだけ, 同一のものだとも言える。というか、ボクはそう思ったんだ。

もちろん、圧倒的な低コストで情報を送り出せる「媒体」(blog/電子書籍)と、圧倒的な高品質で情報を送り出せる「仕組み」(編集者)を組み合 わせて、真面目に運用すれば、そのシナジー効果は高い。だから、それはそれで大きな意味がある。だから、そこを否定するつもりは決してないし、むしろ期待 が大きい。

ただ「質」を高める「仕組み」に関しては、もっとblog的な、カジュアルで低コストなものがあったらいいな、と夢を見たりはする。

すでに、ひたすら「量」を送り出して「質」に転化させる、なんてモデルは提示されていて、実際に「質」の高いコンテンツを生み出したりもしている。 その裏では死屍累々、無数の「質」の低いコンテンツがあるとしても、それは意味がある。

でもボクは「丘の向こうにあるものを見てみたい」 と幽かな夢を見始めている。もっとWebらしい「仕組み」で「質」を高めることはできないかしら。……そんなコトを思い始めてるんだ。

Google Calenderからお知らせ。「Google Calender has a mew look!」だって。 #google #calender

Anouncement_google_calender

Google Calendar has a new look!

We've updated Google Calendar to make it more consistent with other Google Apps. Everything works the same as before, with one exception: we've removed the Tasks link. Now to turn tasks on and off, just click the Tasks calendar in your calendar list.

We hope you enjoy the new look!

Google Calender

Google Calenderを開いたら、こんなアナウンスが。

タスクへのリンクが削除されて、カレンダーリストの中の「タスク」をon/offするだけの形になったみたい。UI的に一貫性を増したカイゼンね。 それ以外には機能に変更はなく、UIの表示を他のGoogleアプリケーションと一貫性を持たせたよ、と。

ぱっと目についたのは日付の上のバーの見た目。

Topbar_google_calender

こんな感じで、Day, Week, Month, 4 Days, Agendaのボタンが、ちょっとカッコよくなってる。ところでAgendaって昔からあったっけ?

マイナスの事象が立て続いたとき、そのまま転落していくのを食い止めるのは「変える」コト。無理をしてでも「変える」んだ。

マイナスの事象が立て続いたとき、そのまま転落していくのを食い止めるのは「変える」コト。無理をして でも「変える」んだ。
上司の朝礼での話から

コトバだけ、こうして取り出してくると実にありふれてる。正しいよね、で終わりがちなフレーズで、本当にわかってるヒトは黙々と実践してるコト。

……なんだけど、その人の普段の振る舞いを知ってるだけに素直に頷き、納得してしまった。

「あぁ、このヒトはこういう姿勢で、次々と起こる困難を一つずつやっつけて、大きくなったんだな」

と、いう具合に。

それで朝から勇気をもらってしまった。

誰が言ったか、で重みの違ってくるコトバってやっぱあるよな。

「情報」の流通って観点で見直すとWebは「量」を劇的に増やす仕掛け、書籍は「質」を劇的に高める仕掛け。 #web #book

人のやることですから、間違いもあるでしょう。 しかしネットで誰もが手軽にカンタンに情報を発信でき、e-Bookとして売ることすらも、やろうと思えばできるようになりつつある今、私は「信頼の置け るエディターシップ」こそが書籍の「付加価値」ではないかと考えています。レファレンスとして座右にある辞書や事典等までもが、編集・校閲を間引いて出版 されるような事態にはなって欲しくないとつ くづく思います。万が一にもそうなってしまったならば、それは即ち『知』の崩壊を意味するのかも知れません。
エ ディターシップという付加価値 - Find the meaning of life

著者(クリエイター)と二人三脚する編集者(エディター)。著者が作り出したモノを編集者が高めるという仕掛け。

それこそが「(いわゆる)blog」と「書籍(メディア問わず)」を分ける大きな壁であるハズなんだ。

Webの登場は「情報発信」と「情報収集」のコストを劇的に下げ、個人をエンパワーメントした。このblogのように不特定多数への情報発信を劇的 に行うことも、逆にその元になるinputを生活のスキマ時間や気晴らしに行うことも、ほとんどタダ(意識されないほどの低コスト)で日常生活の中で習慣 化してしまっている。

「情報」の流通って観点でWebの登場を見直すと、これって「量」(情報が作成される量, 供給される量, 受給される量)を劇的に増やす仕掛けだったんだ。

でも、そこに「質」を劇的に高めるような仕掛けは、ほとんどない。

でも「書籍」には、そのための仕掛けがあるんだよね。つまり「編集」という機能と「編集者」というヒトが。だから、この機能とヒトの存在が 「blog」と「書籍」を分けるんだ。

確かに編集者は黒子になりがちで、であればこそ、その役割の重さも曖昧になりがちだけど。ならば、いっそ著者名と編集者名を併記しちゃえばいいのか も。

少なくとも、これからの編集者には、それに相応するだけの仕事が要求される時代になるよ。

優れたコードを書く人たちには、コンピュータの外側でも優れた仕組みを作る素養と文化がある。

 例えば、毎月ある種の統計作業があるとするならば、エクセルなどの面倒な作業をしなくても、たったひ とつスクリプトを書いておくだけでその作業は済んで しまう。会社経営においても、プログラマーとしての気質が有利に働いていた、ということは言えるかもしれません。プログラマーをやっていると、コンピュー タの中の世界だけでなく、世の中のシステムを最適化することにまで考え方が拡張していくのです。そういったものを最近では「ライフハック」と呼んで、いか に効率よく仕事を回せるかということを指していますが、僕の会社では業務の合理化、最適化のために「すべてのプロセスをまず疑え」と社員にいっていまし た。
堀 江貴文に聞く【行動編】:最先端技術を使う習慣があれば「先見」なんてなくても成功する - 誠 Biz.ID

ボクはコードを書く人ではないのだけど @dankogai@hiroyuki_ni を見ていても同様のことを思う。またボクがいる職場で優れた管理職である人は、過去において(ボクくらいの年の頃において)社内ではすこぶる優れたコード を書く人たちでもあった。

もちろん、コードを書く人の全てがコンピュータの外でも優れている、とは限らないよね。もしそうだとしたら、世の中からIT系のブラック企業なんて ものは、とうになくなってるだろうし。でも、ボクの観測範囲では「コンピュータの外でも優れている」事例が沢山あって、だから何らかの特異さが彼らにはあ るんじゃないかと思ってるんだ。

一つには問題解決に必要な能力(論理的にモノゴトを考える, 分析ではなく解決を志向する, 具体的な事象をモデル化する, 「仕組み」を作って再利用する……etc.)をコードを書くヒトたちはよく鍛えているから、という点があるんだろう。あまりにアタリマエであるけれど、重 要。

それからもう一つには文化的な側面があって。つまり「ムダがないものは美しい」, 「より小さなコストで大きな効果を上げる仕組みは美しい」という 美意識。そういう美意識に照らしてみると、ゲンジツの世の中はあまりにムダが多くツギハギだらけでみっともない「スパゲッティコード」に見えるんだろう な。

さて、ではコードを書く人でないボクはどうしようか。今さらコードを書き始めるのも中途半端で終わりそうであるし。そういう能力の「価値」を知って る人として上手く利用する側に回るには、少々役者が不足であるしなぁ。

男の子ゴコロをくすぐるくすぐる、上海万博に出品されている「合成クモの糸」はイイね!

合成クモの糸の展示。繊維の直径は5μmと細い。  このうち,合成クモの糸は,実際のクモの糸と同じ材料から成る繊維を人工的に製造したもの。「しなやかさと鉄のような強さを持っているだけでなく,人体に やさしく,抗菌性と微生物などによる分解されやすさ(生分解性)を兼ね備える」(AMSilk社)という。これまで多くの研究者が長年開発に取り組んでき た中で,いち早く量産に成功したのがドイツTechnische Universitaet Muenchen(ミュンヘン工科大学)の研究者。その彼らが2008年に設立したベンチャー企業がAMSilk社である。
【上 海万博続報】ドイツ館,「合成クモの糸」「ジェスチャー・インタフェース」などを出展 - Tech-On!

男の子ゴコロをくすぐるくすぐる。

コスト次第であるけれど、用途は宇宙から軍用, 生活雑貨に服飾まで幅広いよな。ロボットのワイアの代わりとかになったら面白い。繊維ってどのよう にも使えてしまうスーパー素材だ。