「誰にとって悪いのか」次第で「何が悪いのか」も大きく変わるんだよね。これを忘れると、うっかり騙されそうでコワイな。
島田紳助氏は言います。「浮気が本当に悪いことならば、国が法律を作って取り締まるはずだ。」 確かに、その通りだと思うのです。刑法で定められていないわけですし。浮気 は悪いことか - 三戸語録
「誰にとって悪いのか」を見失うと、こういう結論になる。
法律によって取り締まるのは「社会にとっての悪」, つまり「社会」を維持/運営していく上での不都合である。共通のコードで「制約」をあえて課すことで、より大きな利益を享受できる状態をシステムとして保 証する。
では「浮気」は社会の維持/運営にとって不都合なものか? ごく一部の特殊なケースを除けば、そうではない。もっとごくごくパーソナルな問題である。だから、それをわざわざ法律で規制することはないし、そうするべ きでもない。
でも、たいていの場合、「浮気」の発覚はパートーナーの激昂等々、関係の悪化を伴なう。これは激昂するパートナーが理不尽なのか? ……んなコトぁ、あるいまい。
現代日本人の「コモンセンス」において、恋人である, あるいは夫婦であるといった場合に、パートナーは互いに相手一人というコトになっている。これが、二人以上を相手取るなどした場合には二人目以降の関係を 「浮気」などと称して、世間的には「悪い」・「後ろめたい」ことであり、パートナーへの裏切り行為と見なされる。(であればこそ、民事で賠償を請求でき る)
従って、パーソナルな関係に視点を移せば、これは紛れもなく「悪いこと」だろう。法律的には「シロ」だが、道徳的には「クロ」と言おうか。
逆を言えば、「誰にとって悪いのか」を意図的にスライドさせると、かように後ろめたいことも誤魔化せてしまえる(かもしれない)という点は、覚えて おこう。
……ヤ、誤魔化すためにじゃないよ、誤魔化されないためにだからね?