バーチャルのリアル化は起こるだろう。でも、世界は二つのセカイに分かれるだろうな。そんな予感が強くする。
リアルの加速化からバーチャルのリア ル化へ - アンカテ孫さんのように社長が twitter で直接顧客と対話したり、ブリンやページのように社長がソフトウエアのアーキテクチャやコードの中身について担当者より詳しかったり、ジョブズのように、 社長が個別の製品の細部に徹底的にこだわる。そういう「社長兼担当者」が増えている。twitterも evernote もネット系のベンチャーはみんな「社長兼担当者」だ。
社長でない専任の担当者が隣接する業務にいたとして、彼は、「社長兼担当者」が社長であるからその人の言うことを聞くわけではなくて、「社長兼 担当者」が担当者として職務の特定の分野に深く精通しているので尊敬する。
「社長兼担当者」は、専任の担当者とは担当者として話をして、エリック・シュミットのような専任の社長とは経営者として話をする。そして、そ の両方を指揮する。
面白い論考。
最初、ここで言われている「社長兼担当者」は「ギークでスーツ」くらいの意味に取りかけたけど、概念としてはもっと広いよね。
この文脈での「担当者」ってのはある分野での「専門家」で社内での「オーソリティ」のコトだ、と思えば読み間違えないと思う。Appleにおける Steve Jobsなら「UXデザイン」, Sergey BrinやLarry Pageなら「ソフトウェアアーキテクト」の、それぞれ専門家でオーソリティなんだ、と。でありながら「経営」の専門家と話をするときは「経営者」の顔で 話をし、そして経営者の文脈で対話が成立する。そういう存在なんだ、と。
けど、こういう「社長兼担当者」による成功例の多くはまだ所帯の小さいベンチャー企業であってこそで、ここに取り上げられている大企業はかなり特殊 な事例なんじゃないかという疑念はどうしても拭えない。
おそらく:
ネットはこれまで「リアル」を加速するものだったけど、これから同じその技術が「リアル」を解体してい く。「社長兼担当者」の出現はその先駆けだ。今「リアル」と呼ばれているものが、昔の人には「バーチャル」としか思えないものであることを、これからは強 く意識しておくべきだと思う。
こういう事例が、世の中の「会社組織」を塗り替えてしまう日は永遠にこなくて、くっきりと塗り分けられてしまうだけなんじゃないかな。
もしかしたら世界をドライブするのは新興勢力である「社長兼担当者」, あるいは「バーチャル」(と今よばれているもの)のセカイに属する勢力であ るかもしれないけれど。でも、そうでない「リアル」(と今呼ばれているもの)に属する勢力は永遠になくなりはしない, それどころか「バーチャル」と対抗し続けていて……
それが悲劇なのか喜劇なのかはよく分からない。もしかしたら、ボクたちの時間が昼と夜に分かれているのと同じくらいアタリマエの感覚になるのかもし れない。
ただ一つだけ言えるのは、世界は二つのセカイに分かれるだろうな。そんな予感が強くする。