自分に言い訳をさせないために「勝ち負け」を意識する、ってのは確かに大事だよね。「負け」たのが悔しくて歯を食いしばった頃を思い出した。

自分の方向においての自分の位置を知り、その進む速度を最適化するようにエネルギーを使うことが出来れば、それに越したことはない。そもそもイ ノ ベータたるもの、同じ道を相対位置なんてことが考えられる時点でおかしい。だから、「勝ち負け」なんてことが意識出来た時点で、既に「負け」と言えなくも ない。

でも、「自分の方向においての自分の位置」なんてことを知ることは、それ自体でエネルギーを使う。そこでの最適な速度なんてものを考えるのも容 易じゃない。ましてや人間なんて弱いものだ。そういった「自己の評価」はつい甘くなってしまう。一度「言い訳癖」をつけてしまったら、そこからの回復は困 難 だ。

その点、「勝ち負け」を意識するのは楽でいい。どんなに自己評価を甘くしても、どんなに自己正当化を図っても、

負けは負け

という冷酷な事実が見える。「言い訳癖」は治らなくても、いくら言い訳しても、負けた事実は変わらない。

「勝ち負け」は意識して いいんでない? - おごちゃんの雑文

モチベーションの維持のための「勝ち負け」というお話。確かに自分がどれだけ頑張ってるか、なんて指標を持ちづらいものであるからなぁ。そして指標 がないだけに「甘く」なりがち。

問題は「勝ち負け」をどう判定するかだけど。そのあたりを間違うと「勝ち負けが目的化する」ようなコトになったり、あるいは「言い訳 癖」が形を変えるだけになってしまったりするよな。

単純に技術分野だと、そのあたりはカンタンで分り易いんだけどね。例えば、ボクのスキなSolarisやStorageの分野なら「より上手く扱え る」ヤツが勝ちだって、割と自然な感覚で言えるもの。

それでも高度な知識で最新の機能を使いこなすのか、基礎的な知識の範囲だけど組み合わせで高い効果を得るのか、要求に応じて必要な機能の組み合わせ をジャストインタイムで提供できるのか……「より上手く扱える」の種類は色々あるんだけどね。