「仕事は家族より優先」や「職を失うことの恐怖だったり」への対策は、広い社会, 狭い社会, 自分自身の三者でそれぞれ異なるよね。 #society

職を失なえばすぐ食えなくなってしまう、自転車操業暮し。ここから逃れるための労働を必死にやっているのだ。
家族が大事 だから無茶するんだよ | おごちゃんの雑文

私は大企業の仕事については知りませんが、多くのベンチャーや中小起業というのはこの状態にあるはずです。実感としてすごくよくわかります。

しかし、この勤勉さというのが果たして現在有効かどうかというのは少し疑ってみなければならないのかと思います。頑張って働いて、それで成功す るの か?ということです。

逆転の発想で、頑張らないことで成功を目指すということもあるのではないかということです。生産性を上げるというのは、ラクをして成果を得ると いう 発想でもあります。まさに日 本人を苦しめる「仕事は家族より優先」という異常な発想 – Rails で行こう!でのもうひとつの主張「もっと合理的になろう」ということで す。

そのために何が大事かといえば「職を失うことの恐怖」を取り去ることではないかと考えます。人間、理屈ではわかっていても感情的に動けないとい うこ とがあるからです。この恐怖を緩和しなければ、いつまでたっても仕事より家族を優先する発想には辿り着けないのではないのではないか。行き着くところはそ のような結論です。

日本人を苦しめる 職を失なうことの恐怖 - WHEN YOU ARE YOUNG

ボクはまだ頑張りや危機感といったものを遠ざけるように自分を育ててしまったので「仕事は家族より優先」という感覚は実のところない。

ないのだけど、目も耳もあって無数の情報が入ってくる中で「職を失うことの恐怖」を無視できるものでもない。それほど自分が「特別」だなんて自信も ないし、職を失うところまで行かなくても、自分が今、身を置いてる中で将来的に家族を守れるだけの「収入」が得られるかどうかは常に不安を感じている。

だから、この種の議論には自然と目が行くのだけど。

思うに、この手の問題への解決のアプローチは対象で層別すると:

  • 広い社会 (行政や法律による制度設計, コモンセンス)
  • 狭い社会 (職場や家族など身の回り)
  • 自分自身

この3種類がある。そして、それぞれへのアプローチは、基本的考え方も具体的方策も異なるべきなんだよね。

自分自身に対しては、時間軸を引き伸ばす 方向へ頑張るのではなく、生産性を上げる方向に頑張る。教育と訓練を自身に課して価値を高める。リスクに対してヘッジする, 機会に対して抜け目なく反応する……他にも色々ある。

狭い社会に対しては、自身とそのアプローチに対して理解を求める、場合よっては理解を押し付ける。必要に応じて無理せず支援を求める、あるいはアウ トソースする。部分最適なカタチでのルールや制度を求める。

広い社会に対しては全体最適なカタチでのルールや制度を求める。セーフティネットとして機能することを求め、社会全体としての生産性を高めることを 求める。セーフティネットとセットでの「機会の公平」を求める。

それぞれ言うべきコト, 言うべき相手が異なるんだよな。そのあたりをごっちゃにして語ると、話が噛み合わない。自覚的に別の視座を提出する、とい うカタチはありなんだろうけど。

いずれにせよ、お父さん的には考えるべきことも、やるべき事も山積みで。これを楽しんでプレイできるか、労苦として背負うかで人生は随分かわってし まうんだと自覚しつつ、それでもやっぱり気が重い。まぁ、頑張んべ。