お金を稼ぎながらでも「良いこと」はできる、ってのが現代の資本主義のコンセンサスだと思うんだ。 #society
ここは 嫉妬深いインターネットですねwww - おごちゃんの雑文これは昔通ってた教会の牧師(宣教師)にも言われた。「日本では牧師は貧乏そうにしていないといけないのです」と。彼の信仰では、
神のために奉仕している聖職者は
神からの恵みを一番受けてもおかしくないと言う。信仰がどーとかってのは個人的な話だから置いとくけれど、「神」が本当にあるんであれば、これは間違ってなかろう。でも、日本では「貧 乏そ うでない牧師」は陰口を叩かれる。「お前は神に全てを捧げたんじゃないか?」と言われると。似たことは「医者」も言うし、「弁護士」も言う。なんで「良 い=貧乏」になるのかと。
もちろん「豊か」とか「恵み」とかってのは主観的なもので、傍目には貧乏そうでも本人が満足していればそれでいい。傍目には何の不満もなさそう に見 えても、本人が満足していなきゃそれまでだ。とは言え、それは他人に決められるもんじゃない。それぞれの人に合った「豊か」とか「恵み」が与えられてても おかしくない。
お金を稼ぎながらでも「良いこと」はできる、ってのが現代の資本主義のコンセンサスだと思うんだ。少なくとも、そうでないと「継続可能性」が担保で きない。
例えばGoogleはボクたちに自由にWebを飛び回り、種々様々な「情報」へアクセスするための扉を開いた。ユーザから直接徴収しなくても、有用 なサービスを提供できるんだ、というモデルを証明してみせた。……そして、その結果として莫大な利益を稼ぎ出し、世界でも有数の企業になった。創業者のSergey BrinもLarry Pageも大金持ちだ。
彼もしくは彼女が、フェアなビジネスの範囲で稼いだお金を、法律は公序良俗を逸脱しない範囲でどのように使おうとも、それは責められるべきコトじゃ ない。それを認めないのなら、それを責めるボクたち自身のお金の使い方も同様の基準で責められるべきだ。……ボクはごめんだけど。ちょっとした嗜好品を買 うたびに、そのお金を「貧しい人たちのために寄付するべきだ」なんて言われるのは。(実効性の点でも疑問だし)
……まぁ、今のところボクはターゲットにされるほど稼ぎ出す器量もアテもないんだケドさ。でもそれでも「貧乏人の嫉妬」とお金持ちに指さされるのは ヤだもんな。