書籍におけるスケールアウトは「パッケージング」, 「時間軸」, 「空間軸」で起こり、読書体験を変える(=品質やサービスの評価基準を変える)ものと思います、 @essa さん。 #book

品質やサービスの評価基準が変わった

また、これと同時に、これまで「重要なシステムでは高くていいマシンを使う」という常識が変わりはじめた。一台のマシンで間に合せるのではな く、一つのシステムをたくさんのサーバマシンで運用して、台数によって性能と信頼性を確保するという「スケールアウト」という手法が一般化したのだ。

Linuxが良くなったとしても、厳密に従来の基準で評価したら、他のサーバ向けOSには負けるだろう。でも、そこを「スケールアウト」する ことで、システム全体としては、充分な性能と信頼性を確保できる、それを前提としたらLinuxは充分な性能と信頼性を持っている。それで充分なのだ。

そして、これが、コストの構造が変わったことで可能になったことも重要なポイントである。

サーバ用は、ハードもソフトのライセンスも高い。だから、技術的な要因だけが変化して「スケールアウト」が可能になったとしても、コスト構造が 変わらなかったら、サーバの台数を増やすことは無理だ。その分だけライセンスやサポート費用がかかってしまう。

LinuxはOSそのものは無料なので、何台増設しても、それだけで直接コストがかかることはない。

「スケールアウト」した本なんて想像できないので、全く同じことが起こるとは思えないが、コストの構造が変わることで、思わぬイノベーションの 可能性が生まれてくるものだ。

本の方法をそのまま電子出版にもちこんでも、同じコストがかかるか、コストが下がる分品質が落ちるかどちらかだ。それは正しい。でも、そこに自 由度が増えるなら、コストを下げても内容では妥協しない方法が絶対あると思う。

新刊は既刊本と勝負しなければならなくなる。古い本も新しい本もコンテキストさえ流通すれば、同じ土俵で読まれるようになるから。特に文芸書は。

Twitter / 佐々木俊尚

たとえば、このあたりにヒントがあるだろう。今、新刊しか書店に置いてもらえないので、無理してたくさんの新刊を作ってる。それはどんな層の ユーザも求めてなくて、作る側の都合だ。それをやめて、その分の労力をユーザ本位の方向に移す工夫の余地がありそうだ。

「非中心化」を目前にしてプロが共通 に錯覚するこ と - アンカテ

「書籍」のスケールアウトは:

  • パッケージングボリュームのスケールアウト
    • 紙の書籍では「製本技術」が、そのパッケージのボリュームを制約し、コストを大きく左右した
    • 電子書籍においては「ネットワークの帯域」が、そのパッケージのボリュームを制約するが、その限界は「製本技術」を超える
    • 圧倒的なボリュームを一つのパッケージにした, あるいは今まではありえない小さな単位でパッケージした書籍がどんどん出てくる。それはすでに、現在進行形で「読書体験」を変えている
  • 時間軸方向でのスケールアウト
    • 紙の書籍は「在庫」であり、倉庫の物理的制約, 財務上の制約(在庫は資産であり課税対象)を受けて、一部の例外を除き時間軸に対してスケールできない(いつか「絶版」になる)
    • 電子書籍において「在庫」という概念は実質的に存在しない。ストレージサイズの制約は受けるが、現代においてはそれも実質的に制約ではな い。従って「絶版」は必要ない
    • 電子書籍では、一部の名作に限らず、ほとんどの書籍が、従来よりもずっと長い時間にわたって「存在」できる。これは時間軸方向におけるス ケールアウトであり「読書体験」を変える (新刊本は既刊本と対決しなければならない、という佐々木俊尚氏の指摘)
  • 空間軸方向でのスケールアウト
    • 紙の書籍では他の書籍を参照するためのポインタとして名詞を記述することしかできない (「参考文献: ○○」や「○○を参照」, 「××より引用」……ってヤツ)
    • 電子書籍ではポインタから直接、参照先を開くことができる。そこから、直接購買行動につなげることもできる
    • 縦横に複数の書籍を行き来しながら読み進めて行く, 読みといていくという「読書体験」は空間軸方向へのスケールアウトであり、紙の本では限られた「異能者」の特権だった

他にも「書店のスケールアウト」(空間に制約されない商品なので、品揃えを幾らでも増やせる)など、スケールアウトのキーワードで捉えられる「電子 書籍」の特性は色々ありそう。

それにしてもOSSの隆盛:プロプライエタリの凋落のシナリオと、紙の書籍:電子書籍のシナリオの対比は色々と面白いアナロジだよね。もちろん、あ くまでアナロジではあるのだけど奇妙な符号があって。